境内案内

御神木『夫婦梅』

御神木『夫婦梅』

 内玉垣内に樹齢150年とも200年とも言われ、昭和35年に山梨県指定天然記念物に指定された「夫婦梅」(親の木)については令和7年10月、生物学的な命を閉じ(枯死)、天然記念物としての指定解除となりました。

 長い樹齢の中で風雨に耐えて華麗な花をつけ、御神徳を受けた「夫婦梅の実」をつけて参りましたが、10年ほど前から樹勢の弱まりを受け、山梨県、笛吹市と協力し樹勢回復を試みて参りましたが、残念ながら令和7年には花も実もつけない状態になりました。

 最長老の天然記念物の「親の木」はここで指定解除、植物学的には命を終え(枯死)ましたが、変わらず御神木としての御霊(みたま)はそこに宿り、御祭神が守り続けてくださると思います。

 境内外にはこの木を親とする子どもの御神木「夫婦梅」が5本、早春にピンクの花をつけ、6月には夫婦梅の実をつけてくれます。

 全国から子授け祈願にお見えになる参拝者には変わらず御祈願に際しお札お守り夫婦梅の実をお下がりとして授与し続ける事となります。ご安心ください。

 また、これらの夫婦梅「子どもの木」の花と実の様子を見ながら山梨県、笛吹市とも相談しながら、新たに天然記念物となるよう進めて参りたいと考えております。


令和7年11月 宮司記

山宮神社遥拝所

 この場所から東南約2キロ、神山の麓に鎮座する山宮神社は、当社の摂社であり、本宮でもあります。垂仁天皇の御代(2000年前)に鎮座されました。

 御祭神は大山祇神と天孫瓊瓊杵命、木花開耶姫命の3柱でありましたが、貞観7年(865年)12月に富士山噴火鎮護の目的で、木花開耶姫命1柱が里宮である淺間神社に遷座されました。

 山宮神社本殿は、春日造、檜皮葺にして、国の重要文化財に指定されています。平成26年に淺間神社鎮座1150年記念事業として40年ぶりに檜皮葺屋根の御屋根替を執り行いました。

 山中の御社で急坂もありますので、この場所からもお参りできるよう遥拝所を設けました。どうぞ神山を仰ぎお参りください。


*この建物は、平成26年、御屋根替工事の時に仮殿として使用したものであります。

末社

境内末社「真貞社」

 平安時代の歴史書「三代実録」に書かれた伴直真貞公を御祭神に祀る。貞観6年(864年)富士山噴火の時の八代郡擬大領。社家の祖である。

境内末社「神明社」

 天照皇大神を勧請し祀る。延享2年(1746年)3月創建。大正10年9月御屋根替え。平成19年3月11日改修工事竣工。

境内末社「七社」

 雨降大神・道祖神・稲荷大神・金刀比羅大神・六所大神・加具土大神・天満宮を祀る。

 創建年不詳。(現在の建殿は平成15年改築)一般庶民の信仰をあつめる神々を勧請。

境内末社「護国社」

 鎮座地一宮町出身の戦没者 458柱の英霊を奉斎する。

 昭和41年5月10日創建された。


銘文

「祖国の繁栄と郷土の平和発展を信じ遂に戦場に散華せる日清・日露及び太平洋戦争に至る458柱の御霊に対し奉り町内17団体が発起人となり、町民こぞって護国の神を永劫に讃えるためここに護国社を建立する」

昭和41年5月3日

境内末社「稲荷社」

 この稲荷社社殿は、昭和59年8月、日本の高度成長期に、例大祭「おみゆきさん」とご縁のある竜王町(現在の甲斐市)に創業された日立製作所甲府工場の中に祀られていた、日立浅間神社(後のルネサス浅間神社)境内にあったものを、移築したものです。

 県内最大の企業内神社としての歴史を留めると同時に、企業発展、商売繫盛を祈念して、末社7社神社内の稲荷大神から御分霊を頂き、新たに稲荷社としてここに祀られました。

 参道の朱塗りの鳥居は、参拝の皆様から御奉納を頂き増やしてまいります。ご希望の方は、社務所までお申し出ください。( 奉納一基 25万円 )

境外末社「天神社」

 淺間神社から出て桜橋のほど近くに鎮座。

 御祭神は菅原道真公であり、創建年代不詳。

 現社殿は檜材の流造、銅板葺、平成4年6月に社殿の改築をしました。

 毎年1月下旬に天神祭が地域の子ども達参列のもと行なわれています。

干支参り

 淺間神社の本殿向かって右側に十二支の石像があります。

 生まれた年の十二支と今年の十二支をお参りし、成就石に乗り、淺間の大神にお祈りすることで願いが叶うとされています。

「桃之玉石」投げ

手水舎

手水舎

新手水舎「女神の井戸」

 境内数カ所の古井戸が枯れてしまってから、たくさんの方から、神社の井戸水を御神水として頂きたいとのご要望があり、御鎮座1150年記念事業として、この場所を70メートル掘削し大変良い水に巡り会えました。

 この井戸を、御祭神 木花開耶姫命にあやかり「女神の井戸」と命名します。

 井戸水を受ける、石の手水鉢は、享保19年(1735年)に奉納されたものを移築して使っています。これを「盥盤(たらいばん)」と言います。

 なお、今までの手水舎もこの井戸水を引いています。

 蛇口からお水取りが出来ます。